top of page

02:00

FUN LIFE SITE

更新日:2020年6月18日


むぎさんインタビュー:実耶



ダンススタジオの先生やメイクさん、

パーソナルカラーのアナリストなど

多彩な技術で周囲の人を輝かせている

むぎさん。


(詳しくは前編をどうぞ!)


後半では、その技術を手にするまでの経験や、働くこと、将来やりたいこと、こだわりについてもお話をお聞きしました。





△むぎさん



・・・・・




––––(目標に向かって努力することは)昔から出来るんですか?


ううん、高校から。全然できひん、宿題もだせんかった。(笑)

やりたいことしか出来ないみたいです。


それは演劇科の先生に感謝ですね。先生からしたら演劇を通じて人間性を教えるってカリキュラムだと思うんですけど、それがすごい自分を変えてくれたと思う。




––––特に自分を変えたなって思うものは何ですか?


究極まで頑張らせるシステムとか、究極の状態で取り巻かれる人間関係とか。


みんないっぱいいっぱいになったときって本性出るじゃないですか。その瀬戸際の中での人間関係の構築とか面白かったですね。演劇、舞台を作るってなんかそういう力があって、チームワークを強いられました。




––––たしかに日常にはない力がありそう。そのギリギリの人間関係の中での振る舞い方とか、何か掴んだものってあるんですか?


何やろ、絶対掴んでると思うんですけど、今言葉にするのが難しいな。

でも作品を作るときにめっちゃ先生に言われたのが

「責任転嫁するな」

「反対意見を言うならプラスで改善方法を言え」


それをトレーニングする「見えないドッチボール」ってゲームがあって。ここにエアーのボールがあるとして、40人いたら20対20でドッチボールするんですよ。




––––エアーで?!それ高校生出来ます?(笑)


頑張る(笑)

それを横で先生が5人くらい見てるんですよ。絶対当たってる、でもそれに対して受け取ったり当たったり何かしらアクションを起こさなかったときに、それは責任転嫁なんです。めっちゃ怒られるんですよ。

そういう遊びを通じて人間性を学ぶトレーニングがあった。




––––へぇ面白い。でも私だったらそれっぽくやっちゃうな。(笑)


それっぽくやったらバレてめっちゃ怒られるんですよ!リアリティを求められる。

とにかく本気で遊ぶって授業なんですよね。本気でやらないと怒られる。


悪態祭りっていうのもあったな。人の流れを読んで空間を満遍なく埋めながら歩く。どこか部屋のスペースがぽんって空いたらダメなんですよ。

それで先生がパンッて手叩いたら後ろ向いて目があった人の嫌いなところをめっちゃ大声で言わなあかんのですよ。でもね、そんなに思い浮かばないんですよ。あることないこと言ってオッケーで、とりあえず言い続けないとならない。




––––何でそれをやらせたんだろう(笑)そういう説明はないんですか?


それはないですね。やりながら勝手に学んでいく。


悪態祭りしてるから普段から嫌なこと嫌ってすぐ言えるんですよ。だから陰でこそこそとか全くなかったです。

嫌なことは本人に直接言うっていうのが出来上がってたから、普段からグループもなくって、お弁当みんな前向いて食べるんですよ。集まる意味もないから机寄せて食べたこと一回もないです。




––––えー!信じられないな。それは確かに変わりますね。

夢の国に受かった後の生活はどうだったんですか?


夢の国時代は「あ、人生の夏休みきた」って思った。

こんなに休みもあって、やりたいことやってお金もらえて、こんな幸せな生活ある?!って思ってた。

寝る時間も増えたし、宿題ももちろんないし。


人もすごい良い人ばっかりやったし、学びが多くてめっちゃ楽しかったです。最初2年くらいやったら辞めようと思って入ったんですよね。でも楽しくて4年いました。






––––ダンサーを辞めて今のお仕事に進んだのはどうしてですか?

3年目に3.11の地震が起きて、ほんまに緊急のときって私たちの仕事っていちばんには必要とされへんよなって悩んだりとかして。後々必要とされてくるってことは後から気付いたんですけど。


放射能とか津浪のことも心配やったし、親が可哀そうやなとまた思ったんですよ。めっちゃ心配して電話してきて「逃げ」って。更新オーディションどうしようか悩んでたときに、たまたま自分がいちばんやりたかった役がまわってきて、それ以上にやりたいことがなくなっちゃったんですよ。


そのときに大阪帰ろうかなって思った。自分でメイクしてたから、今やったらまだ技術も落ちてないし復帰できると思って。


あの仕事を30過ぎまでやって美容関係の仕事に戻るっていうのが自分には想像できなかったんですよ。だから戻ってもう一回美容の仕事しようと思って、オーディション受けないことを決めて。


いつか辞めようとは思ってたけど、地震をきっかけにタイミングきたなぁって感じでした。




––––戻ってくるときには次の仕事は決まってたんですか?


ダンスメーカーで働くことは決めてました。私がやってきたことが全部つまってる会社だったんですよ。ダンス用品を取り扱ってるだけじゃなく、独自のコスメのブランドをもってたから「ここのブランドのメークアップアーティストなりたいな」と思って。


そこは他で働いてもいい契約にして、ダンスを教え始めた。

けっこう分析とかするのが好きだから、テーマパークに入る時に受かるためにどうすればいいか自分で研究したんですよね。


「それを次誰かに伝えよう」と思って教えることを始めたら、そっちの方が自分が現役でやるよりやりがい感じて。

たぶん表に出るタイプじゃないんですよね、自分が。だからメイクも自分がされるんじゃなくて人にしたい。






––––やってみたら合ってたって形なんですね。

ダンスの先生になるって夢はどこからですか?


先生になるっていうよりも、自分のチームみたいなのをたぶん作りたくって。

22歳のときにブログに「自分のスタジオを立ち上げたい」って書いてて、たぶんそのくらいから考えてました。


原石を磨く系のことはしたいってずっと思っていたんですよね。メイクとかも。

だからいずれはそれをやるって思ってて、その時も宣言するかのように「『代表取締役』って絶対なる」って書いてた。(笑)






––––(笑)叶ってますね、その夢。

好きなことをやる分、責任が自分にくるじゃないですか。それはしんどいなってならないんですか?


責任を誰かに委ねて自分のやりたいことができない方が辛い。だから会社は向いてなかった。




––––やりたいことはあっても生活が心配で動けない人がいると思うんですけど

そこは安定をとることはしないんですか?


私はね、安定する会社に入ってもお金をもらえない。何て言うかな…働けないんですよ(笑)




––––(笑)


ほんまに気持ちが嫌とかじゃなくて、一般業務とかの仕事が本当に出来ないんですよ。だからそういうのはやっぱり任せたくって。


自分に関してはどっちかっていうと、やりたくて始めるというよりか「こういうのないんですか?」って言われて始めることが多いんですよ。

「こういうことしてほしい」「こういう人がいるけどその人を助けられなくて困ってます」っていう声を聞いて、「じゃあそれなら私出来ます」っていうところからのものが多いんですよね。

だから私は普通の会社で働くよりも自分のスキルを活かした方がちゃんとお金が入る。


なんやろ、お金をいただくって「困ってたところ助けてくれてありがとう」の対価じゃないですか。それを私は普通の会社では絶対もらえないので。「邪魔してくれたな」だから(笑)


逆に言うと普通の会社で働く方がお金のこと心配かも。例えば普通のお仕事、事務とかをしたとしたら私は時給300円レベル(笑)

でも他の人には出来ない、自分にしか出来ない仕事をすることで何百倍にも変わるじゃないですか。




△オンライン授業の開設

インスタライブの配信など

この状況でもできることを考えられている

むぎさん、尊敬します




––––そうだよなぁ〜。でも私は自分にしかできない技術がまだないです。

むぎさんは需要をキャッチする力も強いですよね。情報収集能力なのかな。コロナが流行ってからも、すぐ人手が余ってるところと足りてないところについて考えていたし。


うん、情報収集得意です。

あとはもう直感。めっちゃ分析してて、絶対こうやんなって思ってる時期がずっとあって、最後の引き金は直感。

スタジオ始めたときも、ここで教えたいなって思ってた場所がやりたい曜日に空いてたのと、4月1日が新月だったから。きたー!って思って。



△星廻りについてもお詳しいです



––––巡りあわせも大事な人なんですね!

生活の中でこだわっていることとか、大事にしていることってあるんですか?


食べ物。体を作ってるのが食べ物やし、心を満たしてくれるのも一番は食べ物。


ダンスがあって生活があるっていうよりも、生活がベースにあってその中でダンスがくっついてるって感じです。





△むぎさん作のお料理

美味しそう〜


––––意外!ベースがダンスじゃなくて

生活なんですね。


生活ですね。

だから今も生徒が来てくれるからダンスを教えてるけど、いつかたぶん時代が変わって私がテーマパークに入る対策が出来なくなる日が来ると思ってるんですよ。今は受けたいって思ってくれる人がいるからやってるけど、ほんまにそうなって、そういう人がいなくなったら何ももがくつもりもないし、潔く辞めるつもりです。


仕事ってそれをしてほしい人がいるから成り立つじゃないですか。だから、自分が向いてないことをすがってやってお金もらったところで誰も喜ばんなと思って。




––––そうですよね、自分も苦しいですしね。

大体の人はそう生きれたらいいなって思うけど、自分が人から求められるものがなくなったら仕事がないじゃないですか。それはどう考えてるんですか?


そこなんですよ。そうなったときは食堂かなんかで働こうかなと思ってる。そこで自分が必要とされるなら全然いい。



定食のおばちゃんはやりたいんですよ。


それは後に、60歳くらいの夢やけど、ダンサーの子たち限定の寮みたいなのを作りたいんですよね。そこで食事提供とか、みんなの話聞いたりとか、寮母さんみたいのをしたいんですよ。地方から出てきた子たちのお母さんになる。




––––素敵な夢ですね。まだまだやりたいこと尽きなそう!

いま好きな事、楽しい事はありますか?


マッサージ。されるのめっちゃ好きで。整体に月に2回と、アロママッサージに月に2回の月4。




––––マッサージの魅力って何ですか?


なんやろ…癒される、気持ちいい、頑張った体をリセットできる。


マッサージ行っても私は「仕事したな」って気分になるんですよ。自分の体をちゃんとメンテナンスしたなって。

自分の仕事への投資だと思う。







––––普段体使って頑張ってるからそうですよね。


あときれいな食べ物とか見るとめっちゃ萌える(笑)





逆に食べ物に満足感が得られなかったときの不機嫌具合がやばい(笑)

「あー胃袋損した」って思う(笑)


なんか勿体なくない?美味しいもので満たされたかったはずのお腹が「あーなんかこれで埋まっちゃった」って。




––––(笑)私普通に納豆ごはんとか食べるんですけどそれはないんですか?


食べる食べる!納豆ごはんも卵かけごはんも。でも納豆だったらこれがいいとか、卵かけごはんやったらこうしたいっていうのはある。たぶん私ほとんど食費かな。


あとはまぁ自分ちの猫と遊ぶとか。





△愛猫さん!かわいい..♡




––––やっぱり生活なんですね。



・・・・・


インタビュー後

むぎさんに書いていただいた

メッセージがこちら。




今回お話を伺ってから

むぎさんのように

自分の人生に責任をもてているかな

と考えています。



好きなことをして生きていくことは

何より憧れるけど、責任転嫁せず

全責任を自分で抱えていくことなのだと

実感しました。



大切にしていること、

何で人の役にたてるか、

やっていきたいこと、

それに見合う努力をする覚悟はあるか、、


よく分析して正しく悩んで、

勇気をもって踏み出した先に

望んだ未来が待っているんだろうな。



今お話を聞けたことに感謝して、この機会に少し自分のことを見つめ直してみようと思います!



閲覧数:44回0件のコメント

むぎさん

インタビュー:実耶


今回インタビューさせていただいたのは

同じソーシャルアパートメントに住んでいるむぎさんです。


夢の国でテーマパークダンサーとして働かれたあと、現在はご自身のスタジオでダンサーを目指す生徒さんたちを教えていらっしゃいます。


実は02:00で書いたパーソナルカラーの話や

洗剤の話を教えてくれたご近所さんは

むぎさんで、

私にとっても、いつも目からウロコの考え方や情報を教えてくれるお姉さんなのです〜!


そんなむぎさんの魅力の秘密を知りたく、

ダンスやメイクとの出会いを伺いました。






△むぎさん



・・・・・



––––今は何のお仕事をしているんですか?


今はダンスの先生をメインにしています。

あとパーソナルカラーのアナリストと、

舞台メイクをしたり、教えたり。

あとは、ダンサーさんの商用の写真のヘアメイクに入って、ダンサー目線で喜んでもらえるようにしています。






––––本当にいろいろなお仕事をやってらっしゃるんですね!幼少期からききたいな、

今の世界に入るまでの経緯を。


私の母がダンスをしていて、ダンスをやらせたかったみたいで。


けっこうつかまり立ちしたときの記憶があるんですけど、洗濯籠の中に入れられて、私が立ったらおばあちゃんとかお母さんが手拍子をしてくれて、それに合わせて踊ってたんです。

母が「この子だったらたぶんダンス好きや」って思ってたみたいで、ちびっこバレエをやっていた。





2歳から小6くらいまで、ずっとわりと適当にしてたんですよ。(笑)

向上心も、好きも嫌いもない、金曜日に行くところ、みたいに思って行ってたんですけど、他の教室にも行きだした子が、ある日突然めちゃくちゃうまくなった。焦ったわけじゃないんですけど、うまくなるんや、みたいな可能性を感じた。





そこから意識が変わって、外に舞台見にいったりするようになって、ちゃんとやろうって思いはじめた。


自分で「変わらなあかんわ」と思って、中1でバレエ団直結のスクールに変えたんですよ。

衝撃でした。「私今まで何してたんやろう、周りみんなめっちゃ上手い」って。

そのときに気付いたんですよ「私バレエ向いてない」って。(笑)




––––のめり込みだしたところで(笑)


ちゃんとしたところに行ったことで、骨とか筋肉とか、構造的に生まれもって向いてないっていうのに気付いて。


その時からダンス好きやったから、ダンスを独学で勉強しだした。気持ちがダンスの方にどんどんいって、中学でダンス部に入ったんですよね。





中2の体育祭のときに先生が「真ん中で踊れ」言うてまん中にしはって、それを一つ上の先輩が見ていて。

その先輩は今東京シティバレエ団っていうバレエ団のすごく有名なバレリーナなんですけど、「ダンス習ってるの?」って声かけてくれはって「私もバレエやっててさ」って仲良くしてくれはった。




––––すごい縁ですね!


そう、その先輩が進学するときに「兵庫県の宝塚北高校の演劇科に入る」って聞いて「何それ?!」と思って。

調べたら高校の授業の中にバレエのレッスンとか歌のレッスンとかあって、しかも公立なんですよ。推薦でしかいけないし、偏差値が高くて「やばい」と思って。



宝塚北高校HP


私も行きたいと思って、めっちゃ勉強して入った。

っていうのも、私小6のときに父親が急死しているんですよ。だから高校は私立に行ったらあかん、と思ってて。公立でしかも学校内でできたら、外に習いに行かんでもこの中でダンスもバレエも、お芝居も日舞も狂言も習えるって思って選んだんです。


高校では毎日そういうことを学んで、人生で1番か2番にしんどい時期でした。世界一忙しい高校生だと思う。寝る時間とかない。




––––何で?!(笑)授業受けるだけで?


普通の高校生と一緒で、普通の科目もとらなきゃいけないんですよ。それプラスでバレエとかを習得しないといけない。


あと、授業の一環で外部公演や卒業公演のために、クラス全員で作品を作らないといけないんですよ。

朝練して、昼休憩も練習にあてたいから、みんなお弁当を朝の授業始まる前に食べる。授業受けて、昼休みになった瞬間にみんなで練習して、5・6限目受けて放課後また練習して。

下校して帰って21時くらいなんですけど、衣装作ったり、セリフ覚えたり、歌のテストの練習したり、やらなあかんことがいっぱいあった。次の日は朝練のために4時起きなんですよ。

しんどかった。自衛隊並み(笑)




––––そんな生活クラスみんなでしてたら、めっちゃ仲良くなるだろうな〜


めっちゃ仲良くなるし、めっちゃ喧嘩もしました。先生が仕込んでたんかなっていうくらい。(笑)


みんな本音でぶつかり合う。多数決も禁止やし、40人がちゃんと納得いくまで話合わないといけない。それも演劇科の決まりで。

いっぱい決まりがあった。公共交通機関の中で歌わない、躍らないとか(笑)




––––(笑)面白い高校ですね〜!

いつごろから踊りとかを仕事にするって気持ちでやっているんですか?


高2のときに高3の先輩で卒業と同時にUSJのダンサーになった人がいたんですよ。全然テーマパークとかショーとか知らなくて、「これ仕事なんや」って知って興味が湧いたんですけど、自分が踊りで食べていくのは無理だと思っていた。

自分だけが食べていけたとしても、母が働けないくらいおばあちゃんになったときに、私養われへんなと思ったんですよ。


今でも忘れないんですけど、高校の三者面談のときに、「美容学校行きたいです」って言ったんですよね。ダンスは現実的に無理だと思ったから。


進学校だから、先生とか親から全然応援してもらえなかった。

私全然勉強してなかったから、大学でやりたいことがなかったんですよね。

先生は「大学に行って、行ってる間にやりたいことを見つけるんや」って言ってたけど。


私ずっとメイク好きやって。いっつも机に人の目とか描いてアート描いてた。

美容師は国家資格だから最悪何かあっても食いっぱぐれることはないし、母親を養うって意味でも自分でサロンとかしたら何とかやっていけるなって。


常識的に考えたら私より母の方が早く死ぬから、後から絶対に責任転嫁できないじゃないですか。自分の尻は自分で拭くじゃないけど、「自分で全部決めてやる」って言ったんですよね。


それで美容学校の進学が決まった。

入学前に母に「再婚していい?」って聞かれたんですよね。私はもう「ラッキー!これで自分の好きなこと出来る!」って思ったんですよ。お母さんを将来どうするかってことをずっと考えてたから。




––––押し切ったんですね。高校生にしていっぱい抱えていたんだな。


めっちゃ考えてましたね。

美容学校行きながら、「そういえばテーマパークダンサーになった先輩いたなぁ」と思って、「国家資格は取るにしてもオーディション受けてみようかな」って思って。




––––美容学校に通いながらダンスのスクールにも通っていたんですか?専門学校って忙しいですよね?


割と高校の段階で寝る時間を削っていろんなことをやるっていうのが身に付いていた。だからいつも睡眠時間3時間とか4時間とかでした。学校行ってレッスン行ってバイト行って。





––––辛いってならなかったんですか?そうまでしてやりたくないって。


全然ならなかったですね、眠いはあったけど。


ダンスは好きやったし、とにかく上手くなりたかったんですよね。オーディション受けるって目標もあったし、自分が教わってる先生みたいになりたいっていう気持ちもあって。


美容学校も、高校の先生の反対を押しのけて行った手前「なんか結果ださないと恥ずかしい」と思ってたんですよ。

だから、ダンスの道にここから変わっていけたらとも思ってたけど、美容学校のことも全力でやってて、コンテストとかも3位に入るくらいまでストイックにやってました。なみはやドームってところでやるんですよ。






––––ドームで?!そんな大きいところで3位以内ってすごいですね。


そうですね、1000人くらいなのかな。練習めっちゃしてました。夢の国に進んでなければ、そっちの道に進んでたと思う。




––––テーマパークのオーディションは卒業のタイミングで受けたんですか?


専門学校1年のときに試しに受けてみたんですよ、どんなんかなと思って。当然のごとく適当に受けたもんだから落ちて。

でもそん時にテーマパークのオーディションってこういう感じかって思ったんですよね。

「じゃあ、あと1年これを頑張ろう」みたいなプランが自分の中で出来上がって、専門学校2年のときは、毎日学校とレッスン。




––––高校からずっと全力ですね。それだけやりきった経験があるってすごいな。

専門2年生のときに夢の国に受かったんですよね。

その段階では周りの人は進路について何か言わなくなったんですか?


全く言わなくなった、やっと。(笑)


やっぱ結果残さな言ってくる。

だからダンサー目指すにしても、美容のことを疎かにしてたら周りにも反対されたり「どうせ無理やって」って言われると思うけど、それ絶対言われたくないって気持ちがあったからそのおかげで頑張れた。



結果出せば誰も何も言わなくないですか?




––––そうですね。それが出来るのがすごい。そこに向かって努力できるのも。昔から出来るんですか?


ううん、高校から。全然できひん、宿題もだせんかった。(笑)

やりたいことしか出来ないみたいです。


それは演劇科の先生に感謝ですね。先生からしたら演劇を通じて人間性を教えるってカリキュラムだと思うんですけど、それがすごい自分を変えてくれたと思う。…




・・・・・



結果を残すことで目標を掴んでいく

むぎさん。(かっこいい..!!!)

(そして幼少期からお美しい)


自分を変えてくれたという高校時代の経験も、私にとって新しい発見ばかりでした!


後編もお楽しみに〜!

(6月12日に更新予定)











閲覧数:113回0件のコメント

こんにちは、実耶です☺︎



自粛要請も解除されましたので

6月の3日、10日(水)はキタナガShitenにて

COCO toast営業させていただきます!





6月は11時半〜15時ラストオーダーです。

よろしくお願いいたします。


わー久しぶりすぎてドキドキ、、

自粛中にじっくり研究したのでパワーアップしてお届けします。


今回カヤジャムは

グラニュー糖仕様と

ココナッツシュガー仕様の

ハーフ&ハーフでご用意いたします♡


グラニュー糖の洋風な甘さに対して

ココナッツシュガーは

黒糖のような少し懐かしい甘さです..!

食べ比べてお楽しみくださいませ☺︎


暑くなってきましたので

コーヒーや紅茶は

アイスでもご用意します!

テイクアウトも可能ですので

お散歩のお供にぜひご来店くださいね〜!


感染防止対策としまして

店内の除菌、換気、スタッフのマスク着用、手指への消毒のお願い、入店制限等行う予定です。

恐れいりますがご協力をお願いいたします。



さて、COCOができるまでのお話を

もう少し備忘録として書かせてください。


カヤトーストでお店をやるぞ、

と決めてすぐ

材料はどうするんですか..?

という壁と衝突。

食パンを作る設備はない

メインだし美味しいパンがいい

そして出来れば地域に馴染み深いお店のものがいいなぁ、、

と希望だけはわがままにもあげて


それなら、と地元の人に提案してもらったのがc'est chouette!さんでした。


c'est chouette!さんHP

http://cestchouette.jp/



ショーウィンドウに並ぶ夢みたいなパンの数々、何を買おうか散々悩んで何を買っても美味しい..!


いちファンとしてパンを買いに行っていたお店なので夢みたいな話でしたが

たしかにc'est chouetteさんに

協力していただけたら最高!と

ダメで元々電話でお願いをしました。

(とても緊張した)


何のつながりもない私が、と思っていましたが、なんとc'est chouette!さんは

同じキタナガで営業をされている

あんこやぺさんのあんこを使われているというご縁があり、快諾していただけたのです。

あんこやぺさんありがとうございます..!

お会いできたら全力でお礼させていただきます!


パンが柔らかいため薄切りは本来やっていないということだったのですが

試行錯誤していただき、10枚切りをご用意していただけることになったのです。


COCOのカリカリカヤトーストは

c'est chouette!さんの優しさで出来ています。

いつも本当にありがとうございます。

美味しすぎる食パンの味をダイレクトに味わえる厚切りも、ぜひご賞味くださいね♡



最高のパンと共に、次の悩みは飲み物へ。

甘〜いカヤトーストにあうのは、

やっぱりあれだよなぁ、、、

続きはまた次回!

読んでいただきありがとうございます〜



閲覧数:30回0件のコメント
  • ブラックTwitterのアイコン
  • Black Instagram Icon
bottom of page