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ある男がパスタ作りに奮闘する話



 



あるところに,“父親の味”に憧れる男がいた。

理由はいたって単純だ。

職場の尊敬する上司が,週末にパスタを作って,奥さんと2人の子どもにふるまっているという話を聞いたのだ。

その上司が家で作る「父ちゃんのパスタ」は,子どもたちに大好評で,週末の家族の幸せな時間作りに一役買っているという。



それを聞いた男は,ひどく“父親の味”に憧れを抱いた。

いつか自分に子どもができたら,そんなあたたかな時間を自らの手で作りたい。

「今日父ちゃんのパスタの日?やった〜!」

「美味しい!!父ちゃんのパスタがやっぱり1番!」

目を輝かせて食べる子どもたち。いつか子どもが大きく成長して,家を離れる時が来ても,子どもの頃食べた父親の味は,一生忘れない特別なものとなるだろう‥‥。

そこまで妄想を膨らませ,男はよし!と立ち上がった。そして,暇そうにスマホを眺めている妻に言ったのだ。

「決めた! 土日のどちらかはパスタを作る!」





そこから男は本当に,パスタ作りに精を出した。

週末のたびに,黒いパスタ皿の上に色々なパスタを盛り付けたのだ。


一発目は,ウインナーがゴロゴロ入ったトマトソースのパスタ。



うむ,味はなかなかうまいが,トマトソースの水分が多かったな。

男は,ソースが麺に馴染まなかったと反省する。


次に挑戦したのは王道のカルボナーラ。



前回の反省を生かし,クリームソースが麺になじむようにした。つもりだった……。 一口食べて,男は「これは失敗だ!」と嘆いた。 クリームソースは粉っぽく,ダマがいくつもできていたのだ。 クリーム系のパスタはなかなか手強そうだと男は感じた。


次に作ったナスとベーコンのパスタは,家に遊びにきた妻の友達にも食べてもらった。



妻友の「美味しい!」の声に,男は喜んだ。

実は先週もこのパスタを作っていた。 どうやら練習した甲斐があったようだ。


冷蔵庫の残り物でも作ってみた。

トマトとツナと塩昆布のさっぱりパスタ。



手抜き感はあるが,暑くなってくるこれからの時期にぴったりのパスタかもしれない。

何より残り物と思えない美味しさである。

サラダパスタ感覚でスルスルと食べる妻を見て,男はパスタに秘められた可能性を感じた。

色々な食材との組み合わせをもっと試してみたい……!



そこで男は,「旬」を意識してみることにした。

春らしい,アスパラとアサリのボンゴレパスタ。



男は無類のアサリ好きである。

アサリに先に火を通し,アサリの旨味が麺に馴染むように心がけた。

アサリの出汁を取るイメージで。

出来上がったアスパラとアサリの相性のよさに,男は満足感を覚えた。

だが,意識したにもかかわらず,アサリの旨味がそこまで全体に行き渡らなかったことを残念に思った。




男はここまで作って悩んだ。

なんだか,麺とソースが上手く絡まない。

麺に味が染みていないというか,麺とソースがどこか他人面をしてしまっていて全体的にまとまりがない。

麺・ソース・食材が別々になってしまっているこの現状をどうにか解消できないだろうか。





そんな時,ふらりと立ち寄った近所のパスタ専門店で注文したジェノベーゼパスタを食べて,男は衝撃を受けた。

––––これだ,この感じ!もちもち麺にソースが抜群に絡んでいる!この感じを俺は求めていたんだ!!

メニューの中の「生パスタ」の文字が目に飛び込んできた。



それから男は,生パスタを使用したパスタを作ることにした。


最初,自分で粉から麺を作ってみたが,うどんのように太く,パサついたものが出来上がってしまった。

見た目も酷いが,味もなかなかのものだった。もちもち生パスタとは程遠い,もさもさとした口当たり……。

一口食べた後,男は全く食が進まなかった。

せっかく頑張って作ったからと,バジルソースを必死に絡ませて食べる妻を見て,申し訳ない気持ちにもなった。


ということで,麺を手作りするのは潔く諦め,生パスタはお店で購入することにした。



生パスタの一品目は,シンプルなアラビアータ。




厚切りベーコンと,トマトソースが絡んだ麺を口に入れた瞬間,夫婦は顔を見合わせた。

「美味しい〜!」

「うまいっっ!!!」

もっちりとした麺に,ソースは見事に絡み,すっかり一体化していた。



次に作ったのは,海老クリームパスタ。



カルボナーラ以来,苦手意識をもっていたクリームパスタだが,今回は成功した。

海老クリームと,もちもちの生パスタの組み合わせは,抜群に美味しかったのだ。




調子の出てきた男は,さらに作り続ける。

海老やイカなどの魚介とトマトソースのパスタ。



そしてこちらが,生パスタで作った最新作。

妻リクエストのサーモンとほうれん草のクリームパスタ。


「これ,すっごく美味しい!」

と妻は大喜び。 クリーム系のパスタもだいぶ自分のものになってきたと,男は少し自信をもった。 「でも,少し茹ですぎた感じはあるな。お店のは,もっとスルスル食べられるもんなあ。」 そう呟く男に 「ストイックだね。」 と,妻が笑った。


作るたびに男は「もっとこうしたい」という課題をもった。

そして,「そのためには‥」と改善のために頭を悩ませたのだった。

何気なく始めたパスタ作りが,今や味を極める鍛錬の時間となっていた。


男の奮闘はまだまだ続く。

思い描いた父親の味になるまで,

頑張れ,父ちゃん!!!(我が旦那よ!笑)



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